スウェーデンのgender equality (1)
スウェーデンに来て8ヶ月が経ちましたが、その間に(意識的にも無意識的にも)男女の平等性について考えさせられる機会に多く出会ったと思います。
男女平等の推進に対する個人的な意見はさし置いて、「gender equality」というイシューが社会化されているという状況・環境自体は観察していると非常に面白い。
人々は性別というものをこんな風に考えているんだとか、こんなことがスタンダードなんだ、とか。やはり日本とは違うことは多々あり、それらに毎回驚かされるからです。
ということで、
スウェーデンという国に留学していてこのテーマについて深掘りをするのがやっと今かい!と自分にツッコミを入れたくなる気持ちが半分、
敢えてこの時期に書くことで今までの滞在を通じてこのテーマに関して感じたこと、知ったことを一つにまとめたかったという思惑半分で、
これから数回に分けてスウェーデンにおける男女平等に関することを書いていこう決めました。
話しの流れとしては、
(1)具体的に今までどんな場面でgender equalityを意識させるようなものに触れる機会があったか(私の実際の経験より)
(2)スウェーデンが過去にgender equalityを推進するようになった経緯
(授業や友人との会話などを通じて知った事実より)
(3)スウェーデンのgender equalityにおける課題
(授業や友人との会話などを通じて知った事実より)
こんな感じにしていきます。
これを何回かに分けて書こうかと。
今回のテーマに関しては、これまでと違って少し具体的に書いていきます。
なので途中で飽きてしまうかもしれませんが、そしたら読み飛ばしてください。笑
ということで今日はとりあえず一番最初の項目(1)について、
つまり、私がgender equlityについて意識を高めさせられた要因たちについて書きます。
これを通じて、「gender equalityに積極的なスウェーデン社会の雰囲気」という
ボヤッとしたものの解像度を私なりに上げるのが目的です。
ですがスウェーデンの様相をジェネラル化して記述するのは目的とはせずに、
あくまでも「私」が偶然に出会ったものたちを書いていくということにします。
とある1ケースから断片的にスウェーデンの社会を垣間みてもらうということです。
それでは早速
まず、
私が通うウプサラ大学の管轄にはgender research centerというものがあります。
この組織は独自で研究を進めているだけでなく、genderに関する学部・大学院に授業の提供もしています。
こちらがそのfacebookサイト
https://www.facebook.com/centreforgenderresearch/
履修可能な授業は例えばこんなものがあります。
またこの組織を大学内部に持っていることが影響してか、gender research center以外の学部でもgenderに関する授業があります。
ジェンダーの視点から既存分野に切り込んだりするのです。
例えばDepartment of Governmentには
「gendering international development」
というものがありました。
基本的には国際開発について学ぶのですが、それがgenderに対する(見える・見えない)意識の差によってどう影響されてきていたのかが重要なポイントになっているようです。
なので履修科目を考えるのにシラバスを幾度となく見渡していると、
知らず知らずのうちにgenderを学問の対象として捉えるようになっていったのです。
残念ながら私自身はこれらのgenderに関する授業は履修しなかったのですが、
私にとってはまずそもそもgenderを一つの「学問領域」として扱いデータを蓄積していっているところが非常に印象的で、ある意味私のgender equalityという概念に対する捉え方が変わった気がします。
さて、私はジェンダーに関する授業を履修しなかったと言いましたが、実は学ぶ機会はありました。
それはなぜかというと、ジェンダーそのものをテーマとしていない授業の中でもテーマとして扱うことがあったからです。
例えば、私が留学初期に履修した政治学科の授業Swedish Politicsでは、
スウェーデン型の福祉国家の仕組みとイデオロギーが、男女の平等性とどう内生的に繋がっているのかについて先生がかなり切り込んでくれました。
まとめると、ウプサラ大学という教育機関を通じて男女平等について触れ合う機会が多く、これが意識の度合いが高まる大きな要因になっていたのは間違いないということ。
さて2つ目です。
大学関連でgender equalityやfeminismがテーマのイベントが多かったことも大きいです。
厳密に言うと、数が多かったことだけではなく、加えてそれらのイベントに関わりやすかったこともあります。
ウプサラでは大学や街では
大学や学生、外部の団体による無料の学生向けイベントやミーティングが常にそこかしこで起きているのですが、
それらの中にはgenderをテーマとして扱っているものもありました。
例えば私が覚えているものには:
・大学の国際政治のstudent associationが世界の権利を保てない女性を保護するための基金のfunding
・一部の学生たちが自発的にムービー上映会
・SDGs(持続可能な開発)を推進する団体がセミナー
・CEMUSというsustainabilityをテーマにした大学の学生組織が開くmeetingなどで、社会の持続性として男女平等についてもテーマに扱う
・MeToo当日にウプサラの中央広場が完全にMeeToo一色
・Gender Research Centerが半年に一回Uppsala Feminist Walk
そして重要だと思うのが、それらに参加することが雰囲気として何ら敷居が高いことではなかったこと。
イベント情報がFBのタイムラインに頻繁に流れてきて、それを見て友達と集いがてら一緒に参加、そんなのが普通でした。
関心度合いが高くても低くても、気軽にセミナーに足を運んでみるということがしやすかった。
というわけで、
幾度となくGender関連のイベントの存在を街角やFBのタイムラインなどで目にしていたこと、
そして加えてそれらが周囲にとっても自分にとっても参加しやすいものだったこと
で、自然にジェンダーに対するムーブメントやアクティビズムを感じ取っていきました。
ここまでは多かれ少なかれ大学に関連していることでしたね。
しかし3つめ、4つ目は大学とは関係ないところでの経験からです。
その3つ目というのは、なんと公共トイレが男女一緒!!!なこと。
例えば駅のトイレ。
大学のキャンパスのトイレ。
トイレの規模の大小に関わらず、男女間に区別がない。
男性も女性も同じ入り口から、同じトイレに、区別なく入っていきます。
どこかで区別のあるトイレを(空港だったかな?)見かけたこともあるような気がしますが、はっきりと思い出せないというレベルで殆ど共用…
最初に「なんと~!!!」と強調しましたが、
今では私にとってこれが当たり前になり過ぎてしまい実はもう何とも思っていません。
もちろん最初は入ろうとしたトイレからスウェーデン人男性がサラッと無表情で出てくることがあると違和感を感じました。
抵抗もあったのも覚えています。
しかし、当のスウェーデン人といったら、
一つのトイレに男性も女性もいることに関して全く何とも思っていないというか、
そもそもこれが当然といった表情でトイレを行き交っているんです。
そんな人たちに囲まれているうちに、いつのまにか性別を気にすることがなくなってしまいました。
むしろ、トイレ周辺で異性の存在を気にすることがなくなってより気が楽にすらも感じます…
(いつからこんなに慣れてしまったんでしょうか…笑)
このようにして、ユニセックストイレによって私はいつのまにか男女間で差がない環境というものを経験していたんです。
同時に、さりげなくgenderとは何なのかについて考えることに繋がっていたとも思います。
4つ目です。
国としてgender equalityを促進する努力している姿を、
スウェーデン政府が大規模にPRしfeminist国家としてブランディングしていることから
「あ、この国ではgender equalityがトップレベルから重視されれいるんだ」
という認識を促されたことも大きいです。
中身の話しだと、政治家、大臣の男女比は確かにほぼ半々。
また、行政府内には男女間のgender equalityの度合いを監視するための特別な組織が存在する。
先進的にgender equalityの課題に取り組んでいる姿勢が見えます。
とこうした事実もそうなのですが、どちらかというとこのpro-gender equality的な政府の仕組みや政策があることを国が全面的にアピールし表現しているところから、
知らず知らずのうちにgender equalityを意識することの重要性を思い込むようになっていきました。
以上で、私がgender equalityという「概念」を意識することに影響してきたことをいくつか具体的にあげてみました。
ちなみに冒頭でも書きましたが、
これはGender equalityを追求することに対して私がどう考えているかという話しではないです。
その概念自体について「考える」「意識する」機会が増えた、
という話しであり、
それがスウェーデン生活のどんなところから来ていたのかということを書いたまでです。
それはともかくこうして具体的に思い当たる事象を挙げてみた訳ですが、
これらの特定の経験や知識だけがコンセプトに対する意識を高めた訳ではないのは当然のことです。
実際には、どこかで聞いた話しやgenderに対する周りの人の態度などの様々なところから無意識的に集めた情報が合わさって、
自分の中のアテンションの高まりという結果になったんでしょう。
だとしても
そのような曖昧さゆえに要因を見つけ出すことが出来ないと認めた上であれば、
留学中に自分が触れた知識や出来事について敢えてリスト化して書き出してみればgender equalityの促進に積極的な「社会の雰囲気」というボヤッとしたものの解像度を少しでも上げられるのではないか、という気持ちで書いてみました。
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